五月の記し

がんとお付き合いしながら、自由に働きたい!を模索するブログ

30連休のスタート

本日より、30連休になりました!ただの休職です。

6月いっぱいお休みです。ふふふ。放射線治療です。ふふ

 

休みの間、何しよう?な、がんサバイバーで、働き方模索中だけど怠惰の表現者、めろ(@tkhs_mero)です。

 

5/31に治療スケジュールが決まって、「6月から休みます!」です。

いや、もちろん急ではなくて下準備は整えた上です。

でも、休職も2度目なら〜♪ だいぶ上手に〜♪ みんな特に反応なし〜です。

寂しいもんですね。

 

1か月も休みなので、何してやろう?と思ったけど、治療なんだった。

第一は、休養だけれども、意味あるお休みにしたい。

 

心が死ぬサイン出てる。

4月から入ったWちゃんにがっつり引き継ぎしたら、ほぼ、今の会社で、わたしがやらなきゃいけないことが、無くなった。

必要とされている内は、頑張らねばと思いがちじゃないですか。

あと、手を動かすことが沢山あると、考えるよりも作業する方が楽だし。

そして今まで、楽するために仕事してきたし。

「自分はもう、必要とされてない」「自分の仕事終わった」と思った途端、会社の皆さんの会話が、遠くグレーに見えるようになってきました。

これは待ったなし。次に向かって動き出さないと、わたしの心が死ぬサインです。

 

何がしたいか、わからない。

とは言え、次に何をしたら良いか、全く全く予想がつかない。

転職したいのか、何か自分で仕事を始めたいのか。そんなエネルギーあるのか?何がしたいのか?

一番の問題は、「何がしたいか、わからない」事なんだと、気がついちゃった。

 

やりたいことがあったら?

今、こんな本を読んでいるのでした。 

好きなことだけで生きていく。 (ポプラ新書)

堀江貴文 ポプラ社 2017-05-09
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読んでる真っ只中なんですが、とにかく「やりたいことあったら、行動しろ!」と言っているわけです。

堀江氏が主催しているHIU(堀江貴文イノベーション大学校)では、対談やイベントに参加したり、堀江氏が運営するプロジェクトに参加することもできるそう。

その中で「このプロジェクトやりたい人いませんか?早い者勝ちで」みたいな振り方をするそうで、しかも一番に書き込んだ人がプロジェクトリーダーになるそう。

でも、一番に名乗りを上げたからって、有能とは限らないよね?と、当然な話が出るそうで。それについて堀江氏は下のように考えているらしい。

 

『僕がいつも「早い者勝ち」と言うのには理由がある。というのも、率先して手を挙げる「行動力」にこそ、能力以上のの価値があると僕は考えているからだ。』

(引用:「好きなことだけで生きていく。」

 

行動は金なり。そうか、行動は金なりなのですね。堀江氏!

しかし困った。「行動しろ!」の前の「やりたいことがあったら」がわたしには抜けている。(涙)

どうしてこうなった。

 

1つの好きなことがある人が羨ましい

今までも、写真に没頭したり、手芸に没頭したり、友人とイベント企画したり、色々と楽しい時間を過ごしてきた。

ただ、それがいつまでも持続はしない。子どもの頃から、異常に飽きっぽい。あと、頑張りすぎると精神的に追い詰められて、引きこもる。楽しくなくなってしまう。

なので、色んなことに、少しづつ手をだす。それを、そつなく小茄子。

「器用だから、なんでもできて羨ましい」という、言われ方をすることもあるけど、残るものがない。逆に、1つのことしかできず、いつまでもいつまでも、好きで没頭できることが、羨ましい。

 

我が夫は、まさにそういうタイプで「音楽はX-japan、あとはウルトラマンとStar Warsのみ」というタイプ。もう20年もX-japanばかり聞いてる。多分、昔からウルトラマンばかり見てる。Star Warsはサイドストーリーも全部探して見てる。最初は驚いたし、他のものにも目を向けた方が、世の中楽しいよ??と思ったけれど、これは最早、才能だ!と思うようになった。(それが、何になるわけじゃないけども)そして、没頭している夫は、生き生きしている。

 

そういう、大好きで、エネルギーをそこに注力できることがあることが、羨ましいのです。いいなぁ。

 

これからの仕事のこと考える。

うつ病発症から12年(くらい?)、昔のように仕事に忙殺されるのが嫌で、できるだけヒッソリ、仕事には没頭することがないよう、楽に仕事をしてきて。できるだけ、気楽に過ごすようにしてきましたわけで。(仕事以外は、うっかり没頭して精神が追い詰められる。そして、逃走する。を繰り返す。)

その結果が「今、何していいか、わからないよーー。」

40代の叫びです。ぱおーーん。

 

今、ここ数年で最高潮にもがいている感じがする。

取れそうで取れない、ジャムの蓋と格闘している感じがする。工夫すれば取れるんじゃない? 温めようか、叩いてみようか。そんな感じ。取れる気がするけど、今はわからない。そんな感じよー。でも、悪い感じじゃない。

 

なので、この6月は、とにかくブログの更新しながら、「好きなこと」を考える期間にしようと思う。6月末に、ジャムの蓋が取れますように!!

 

そんな感じ。

これが、エッセンシャル思考か!

親友とドライブデートで病院に行ってきた、がんサバイバーで、働き方模索中だけど怠惰の表現者、めろ(@tkhs_mero)です。

 

治ったかと思ってた「がん」が治ってなくて、七転び八起きで、もうすぐ次の治療開始です。しかし、時間がない。

 

 

時間がない

4月から熱が出続けてるのを、解熱剤で抑えながら生活しているせいか、猛烈に疲れやすいです。最初は「熱下げてりゃ、なんとかなる」と思ってたけれど、「熱下げてても、くたびれる」に変化してきました。

すぐにへたり込みたくなるし、すぐに眠くなる。ねるねるねるね

だいたい、こんな感じ。(ある平日の1日)

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朝は8時半過ぎまで寝て、おもむろに仕事。

昼休みは寝る。

就業時間中も、ちょこちょこ20分くらい寝る。

仕事が終わったら、ひとまず寝る。

夫の帰宅に合わせてご飯作って、食べたら寝る。

お風呂入って、寝る。

うっかり、12時間くらい寝てたりする。

休みの日はもっと寝る。

今は体が寝たいんだから仕方ない。

休息優先でゴーです。(治療が終わっても同じこと言ってるかも)

 

よく寝るのは良いことなんですが、起きてる時間が少ないんで色々、時間がない。

 

仕事以外の時間は、主に寝てるので、家事する時間がない。

趣味の時間とか、ない。

疲れやすくて、仕事に集中できる時間がほぼない。(午前中の少しだけ。とても会社に言えない)

 

ついでに、5月は、診察やら、セカンド・オピニオンやらで、3日に1日の割合で休んでる。

ゴールデンウイークもあったじゃん。

ありがとう。夢の週休4日。

そんなこんなで、プライベートも、仕事も時間が足りない。

 

少ない時間を、どう使えばよろしいの

時間は少ないけど、やることは多少はある。

  • 家事をする
  • 猫を愛でる
  • 病院や治療法や患者ブログを調べる
  • 読書やブログ書く
  • 仕事もあるでよ

できない日々を超えて…はて、どうしたものか。

 

仕事中に、病院調べる、治療法調べる、とか。(とても会社に言えない)

家事は、起きてから仕事が始まるまでの僅かな時間と、仕事にめり込みながらやる。(とても会社に言えない)

でも、そっちを圧迫すると、仕事が進まない。(当たり前)

そして、眠い。どうしたものか。

 

そんな時にですね。なんとなくこんな本を読んでました。

自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方

ちきりん ダイヤモンド社 2016-11-26
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あと、こんな本。

マンガでよくわかる エッセンシャル思考[Kindle版]

グレッグ・マキューン,星井博文,サノマリナ かんき出版 2017-03-21
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「自分の時間を取り戻そう」も「エッセンシャル思考」も、「余計なことやめて、大事なことに注力すればいいじゃん。生産性上がるよ?」という話。

 

本の中には「忙しすぎる」人たちが色々でてくるけど、わたしは眠いだけw

予め言っておくと、仕事も大した仕事じゃない。

webの作業ベースの簡単なお仕事。

難しいことはひとつもないけど、日々ある程度の作業量があることとか、人数が少ないので、業務改善をしないと、回らなくなるとかはある。

 

若い頃はビチビチしてた 

若い頃は、バタバタビチビチと余計な動きをしても、長時間労働できる体力があったから、とにかく時間投入。ちなみに、仕事はweb制作。

  • 朝から夕方まで、モヤッとした会議に沢山参加する(断らない)
  • 夕方から深夜まで猛然と頑張る。
  • 頑張る頑張る。時間ある限り頑張る。制限時間いっぱい使って頑張る。

 

仕事ができる=頑張り倒して成果を出す

 

という感じで、とにかく色んなことを「時間でカバー」。

それ以外の仕事の仕方、知らなかったよねw

 

今は40代になって、病気もして、とてもそんな働き方できないのよ。

さぼりたいし、寝たい。ゴロゴロして本読みたい。そして、猫を撫でたい。(話が反れている)

仕事を休むことが多いし、集中力も持たない。

だから、仕事も家事も最短で、ある程度、結果を出したい。サボるために!

 

家事、やらない

家事はもう、必然的に最短バージョンに移行です。(誰の参考にもなりませぬ)

やることはこのくらい。

  • 朝、掃除機をかける(5分くらい)
  • 気が向いたらクイックル
  • 2日に1回、洗濯。気が向いたら畳む。
  • 風呂掃除、超少々
  • 食器を洗う(夫がやってくれること多)
  • 夜ご飯を作る(30分以内と決める)
  • 作るもののパターンは決めとく。
  • スキレットで作って、そのまま食卓へ。(洗い物が減る)
  • 買い物は土曜日。

だいたいこのくらい。

夕ご飯だけは、簡単なものでもなるべく作るようにと。朝、昼と適当なので、夜くらいはまともな物を食べてほしいという願い。(健康のために。そしてこれ以上、家に病人が増えないように!)

掃除なんかは、着火すると猛然と断捨離だの、家中の雑巾がけだのするけれど、普段は気が向いたところしかしないので、いつかまた、着火することを願って、今は最小限しかやらないことに。

  

仕事、やらない

春に、とても仕事ができる子(Wちゃん)が入ってきまして。(というか、しつこく口説いたら、結果的に入ってくれた。)

その子が作業っぽいことは猛然と片付けていく。作業が早すぎて、ついて行けない。なので、わたしの仕事、実質0円。

端々に余ってる作業をチョロチョロとやるだけに。気がつくとWちゃんと日々チャットで引き継ぎっぽい話をしているのがメインになっている。他のメンバーが引くくらい、Wちゃんとのチャットが多過ぎる。むしろ、チャットしかしてない。(会社には言えません)

 

そんな状態でも、上司や同僚の信頼は厚い。わたしの仕事が実質0円なことはバレていない。昔から「ちゃんとやってるっぽく見せること」 が得意だから、みんな、わたしが何かすごく、仕事を沢山してるように思っている…ごめんね。そうでもない。ていうか、してない。(言えない)

あとは、Wちゃんが「このチーム、自分以外、全員隠居か!」と気づくのが1年後くらいなら良いなと願うばかり。

 

しかし、ここで一番重要なのは、わたしが仕事をほとんどしていないことではなく、「すごくできる子を、スカウトしてきた」という事実。これでもう「わたしのこの会社での仕事は、終わった」くらい重要な仕事した。と、プレゼンしてもいいくらい 、良い仕事した。(と、思ってる)ものすごく貢献度高い。

 

これがエッセンシャル思考か!

ここまで書いてきて、気がついた。

わたし、もう、エッセンシャル思考を実践して、自分の時間を取り戻してるじゃん!余計なこと全部やめて、生産性めちゃめちゃ上がってるじゃん!

睡眠時間を創出することに成功してるじゃん!

 

「重要な家事」に重点を置いて、余計な家事(なんだろう、アイロンかけとか、散らかってるように見えるけど、今はいいやとか)はしないとか、超生産性が高い人を入社させることに注力して、結果的にあまり仕事しないで済むことに成功している。とか。

 

驚いた。全然、困ってなかったw

もう、できてるじゃん。

天才かよ。

そういうことだろ、ジャン!

 

ではでは。(さっそく寝ます)

毒家族とのその後

がんサバイバーで、働き方模索中だけど怠け者の、めろ(@tkhs_mero)です。

昨日の記事「毒家族への依存からの開放」に沢山反響いただきました。

ありがとうございます。

はじめたばかりのブログだというのに100以上のアクセスがありました。

多かれ少なかれ、同じような境遇の人が沢山いるのだと思います。。

みんな、頑張れ!

 

毒家族とのその後も書いておいた方が良いなと。

 

誰にも会わない!からの「がん告知」

「よし!誰か死ぬまで、家族の誰とも会わないぞ。」と決めてから、なぜか心が軽くなっていたのでした。

順調に楽しく生活していた矢先に2016/9に「がん告知」。

告知もどの日が告知なんだか良くわからない適当さで、電子カルテ覗き込んで「先生、悪性リンパ腫って書いてあるよ?」みたいな感じで知るのでしたw 聞いたことないw

 

悪性リンパ腫になって、病気のこと調べまくって、お金のこと調べまくって、検査しまくっている頃に、ずっと相談や報告をしていた親友が「実家に言った??」と。「言ってない」「言いなさい~!!今すぐ言いなさい~!!今すぐ電話しなさい~!!」と怒られる。(笑)「えぇ?なんでぇ?色々決まったら、報告するよ~」と言うと「家族ってそんなもんじゃないんだよー!!!」と怒られる。(笑)えぇ。わたしにとってはそんなもんだったんだけどなぁ。わたしの知らないことがあるのかなぁ?と一応連絡する約束をする。

 

家族に連絡

連絡した時の反応はもう覚えてない。「はっΣ(゚д゚ll)」とか言ってたかもしんない。なぞの長考をしてたかもしれない。(黙って考え込む)

告知デー(もう知ってたけど)には、母と姉がついて来るという。要らないと断ったけど、「後ろで聞いてるだけだから!」と言うのでOKを出した。

そんな感じで、「誰か死ぬまで、家族の誰とも会わないぞ」がうやむやに。(笑)

用もなかったのでしばらく会ってなかったし、ほとんど連絡も取ってなかった。

わたしのがんをきっかけに、少し連絡を取るようになって、入院時にはせっせとお見舞いにも来てくれた。

最初の3か月くらいは猛然と、電話やらお見舞いに来てくれるんだけど、途中でパタリと連絡がほぼ来なくなった。飽きた?

 

なんか、その「飽きたの?」が感じ悪かったけど、こちらはもう一生のお付き合いなので、人のこと気にしている余裕はないんです。

一度、自分の依存に気がついて、断ち切る決意をしたせいか、そんなことにも、振り回される感じはしなくなりました。あっちはあっち。こっちはこっち。会いには行かない。父には一生会う気はない。(姉宅には1度行った)

 

母は、わたしがブログ(別にやっている)を更新すると、それを見て電話してきます。ブログを見て近況を知るんです。病気のことがなければ、とくに連絡することもないんだろうなと思います。電話してきて、心配しているアピールと実家はみんな具合が悪いアピールをします。最終的に、わたしがうんざりして電話を切り上げます。

本来なら、もう年を取った親に親孝行をしなければと思うところなのだけど、今までされて来たことを思うと、何もする気にならない。やはり距離を置こう…と思う。

 

尊敬できる人たち

義理の家族は、とても爽やかで、色々な面で助けて貰ってます。

義母は、乳がん胃がんを経験しています。

胃がんのときは、直後にお見舞いに行ったけれど、いつもどおりのさっぱりした義母でした。

2回もがんを経験して、1ミリの悲壮感も大変さも感じさせない、義母や家族をとても尊敬しています。

義理の家族は、わたしから見ると、とても健康的な精神の持ち主なんです。

 

これからは、自分の尊敬できる人のほうを向いて生きていこうな!と思います。(゚∀゚)

今日は午後から、主治医と治療を決める話をしに。

どうなることやら。

ではでは!

毒家族への依存からの開放

がんサバイバーで、働き方模索中だけど怠け者の、めろ(@tkhs_mero)です。

この9か月で「がん告知」「治らなかった」「生涯がん」と、恐らく、わりとヘビーな話を受け止めてきました。

わたし自身は、どの時もほとんど落ち込むこともなく、むしろ「なにそれ…面白い…」と変態ぶりを発揮してきました。

 

まだ堪えてないだけかもしれませんが、この「大して堪えてない」に思い当たることがあったんで、書いておきたいなと。

この体験がなかったら、今頃、泣いて暮らしていたかもしれないと思いました。

 

 

1年前の話

ちょうど1年前のゴールデンウィーク

わたしはコメダに入り浸ってました。時間ができるとコメダで本を読み、紙に頭の中を整理してました。

何を読んでいたかというと。

 

不幸なわたし

何年も不幸だ!と思い悩み、不幸から抜け出せずにいました。

思い描く幸せ「自宅を買い、車を買い、年収がどのくらいで、うんぬんかんぬん」という生活とは程遠く、その溝の埋まらなさ、この先も叶えられないだろうと、嘆いてばかりいました。

 

わたしが幸せになれないのは、「親が○○を教えてくれなかったからだ」「親がこうしてくれなかったからだ」「夫がこうなってないからだ」とかなり長い間、何年も延々と考えていました。

文字に起こしてみると、おかしいことがわかるんですけどね。

頭の中でぐるぐるしていると、気がつかないんですね。

 

考えて考えて、ある時、「あれ?「親が親がっ」てすごい思ってる。結婚して自立したと思ってたけど、これまだ親に甘えているのでは…依存しているのでは…?

生活が分かれたのに、精神的な依存があることに気がつきました。

 

毒親」という言葉が随分流行ったから、意味はわかるでしょう。

毒親」って、虐待、ネグレクト、過干渉などの親ですね。これを受けた子供は、その後生き難さを感じることが多いようです。大変なことですよ。

 

わたしの実家は、普通の家庭。

サラリーマンの父、専業主婦(パートとかしてた)の母、父方の祖母、6歳上の兄、5才上の姉、わたしの6人家族でした。

首都圏の当時の新興住宅地に家を買い、ご飯も食べれて、普通に教育を受けさせてもらえる家庭でした。

 

とっても普通。

今は核家族が普通だけれど、わたしが子供の頃は、祖父母と3世帯家族は普通にありました。どのうちにもおじいちゃん、おばあちゃんがいる感じ。当たり前の家族構成。

 

とっても普通の家庭に育ったのに、何が問題だったの?

子供の頃のわたしは、無気力、声も小さく、食も細く、何事も受身で、周りばかり気にしてビクビクして、悪夢ばかり見て、疲れきってような子供でした。

決定的な1つではなく、長く長く家庭内で行われていたことが原因だったんだと思います。

 

わたしが産まれたとき、上に書いた6人家族でした。

でも、わたしが産まれる前、状況が違っていたらしい。祖母はわたしが産まれる前に、急に同居をし始めたらしいんです。

嫁姑戦争!とかいうけれど、表立ってやりあうことなく、ずっと母は黙って我慢してたように見えました。

ただ、母の代わりに、姉がいつも戦っていました。姉的には、母を守ろうと必死だったらしいです。

毎日狭い家の中に怒鳴りあう声が聞こえる。怖い。母は黙って狐みたいな顔してピリピリしている。怖い。

 

父は、平日はいつも深夜帰宅。週末はゴルフみたいな典型的なサラリーマン。

ピリピリしている家の中をどうにかするわけでもなく、むしろ父がいると更に家の中がピリピリします。気に入らないと怒鳴られる。ご飯の時にお茶碗ひっくり返すと怒鳴られる。怖い。

おかげでご飯の味も分からず育ってしまいました。家で食べるご飯が美味しい!と始めて思ったのは、結婚した30代以降です。

 

さらに、6歳上の兄は、生まれながらの病気を抱えていました。

小人症という背が伸びない病気です。母はかかりっきりで兄の面倒をみていました。

子供の頃は良くわからなかったけれど、今も続いている典型的な過保護です。

 

母を守ろうとする正義感の強い姉は、わたしのことを「かわいがる」と称していじめました。

言葉の間違いや行動を指摘して嘲笑する、要らない子だと言う、他所の子供と比べてわたしがダメだと言う、そんな風に日々精神的に追い込まれていました。

 

そんな色々なことがあって、わたしは小学校2年生くらいに抜毛症という神経症を発症します。

神経症は、心理的負荷が強い場合に出る症状で、チック、吃音(どもり)、爪噛みなんかとともに、抜毛症という症状があります。自分で髪の毛を抜いてしまうんです。

それについて、小さいわたしは必死に隠そうとしましたが、兄や姉に見つかって笑われ、母に見つかってなぜか怒鳴られ、深く深く深く傷ついて、適切な処置を受けることがないまま、大人になりました。

 

わたしは親姉からネグレクト、精神的虐待を受けて育ったと思っています。

どちらもそんなひどいものではないけれど、自分の精神を保つことに必死な0歳~10代でした。

 

ネグレクト、精神的虐待なんて急に言われても、本人達は「何のこと?!見に覚えがない!」と言うだろうな…と言うほど、些細なこと。小さなこと。外部の人がじっとうちを監視していても、そう思うかどうかも怪しいほど。でも、わたしの精神は蝕まれ続けたのも事実。

 

もちろん楽しい瞬間もありました。姉もわたしの面倒を良く見てくれました。

ただ、良いことよりも悪いこと、恐怖は何倍も深く刻み付けられるんです。

兄、姉もそれぞれ傷ついて大変な想いをしていたかもしれません。

総合的に全体を見て「自分はそれほどでもなかったよね」と判断できる子供はいませんよね。

自分に降りかかったことが世界の全てですから、わたしの世界はほぼ、恐怖でした。

その家庭の価値観が「自宅を買い、車を買い、年収がどのくらいで、うんぬんかんぬん」でした。

 

数年前、母と話していて「姉宅は勝ち組だから」と言われたんですね。

姉は年収1000万超の旦那さん、子供に恵まれ、マンション、車を買って、すごい高い猫を飼いました。

「あんたが普通なのよ。みんなあんたと同じくらいなんだから」と言うんです。

姉の生活は、実家の価値観に一致しています。わたしは一致してません。

姉家庭は、父母にとって自慢なんだと思いました。

なんかすごい馬鹿にされている感じがしました。

 

兄には過保護、姉には見栄(お金)、わたしには…愛情をかけられた覚えはない。

他にも父にすごい馬鹿にされた発言をされて、完全に「実家と距離を置こう」と決心しました。

 

それからもグズグズグズグズ、わたしの中でその価値観がくすぶって、くすぶって、最初に戻ります。「親が○○をしてくれなかったから、今のわたしは不幸なんだ」これに着手することにしました。

 

そして、去年のゴールデンウィークに、前出の本を読みながらじっくり考えました。

 

従順であること=生きるための利益があること

毒親の子供は、いつまでも親に従順だといいます。

それは、親に従順でないと生き残れないからです。それほど分かりやすい虐待とかなければ、本人も見落とし、従順な子供のまま大人になるんじゃないかな?と思いました。

現にわたしも、随分長い間「従順な子供」のままでした。

 

従順であること=生きるための利益があること

 

だと思いました。「従順であれば何か良いことがある」と思っているから、関係を断ち切れないのだと。

大人になっても、「親や家族との関係がよければ、何かよいことがある」と考えてるいる。

被害を受けながら、わたしの方も利益を期待していたのだ!と気づいたのです。

小さな子供が「利益に甘んじて…」とはなりませんけども、大人になっても関係を断ち切れない心理にはそんなものがあるのかもしれないと思いました。(他の人のことはわかりませぬ)

 

そこで、すごい荒療治ですが「誰か死ぬまで家族とは会わない」と決めました。

さすがに葬式にはいかないと行けないけれど、それ以外は関係を断ち切ろうと思ったのです。こうすれば、わたしは利益を期待することはないです。だって、関係絶ってますからね。たまにかかってくる電話も、そっけなく早めに切るようにしました。

親兄姉を傷つけるつもりはなく、ただ、わたしはもう関係を絶とうと思ったんでした。(兄は好きだけど、ただ普段から連絡は取ってなかった)

 

毒家族への依存からの開放

やっと本題にたどり着きました!パチパチパチ

上のような状態がしばらく続いて、沢山の心境の変化が起こりました。

本を読んだり、考えたりしているうちに、沢山のコンプレックスが無くなっているんです。

 

「自宅を買い、車を買い、年収がどのくらいで、うんぬんかんぬん」でないと幸せになれない、もまったく思わなくなりました。

根深かった学歴コンプレックス(学歴の高い人を見ると萎縮してしまう)もなくなりました。

ついでに、もう40年も続いていた、ふとした瞬間に湧き上がる「もう死にたいな…」もまったく思わなくなりました。ずっとずっと、早く死んで終わりにしたいなという気持ちが年300回くらい起こっていました。もはや日常です。それが全然思わなくなった。

 

そういうのがなくなると、いつも「今、すごい幸せ、楽しい!」と思うようになります。

経済的事情は1ミリも変わりません。でも、今までで一番幸せを感じるし、楽しい。

 

今までも、何度も考え方を変えて、その都度「良くなった!」を実感してきたけれど、今回のが一番大きかったと、今は思うんですね。

 

そんな、わたしの心の状態が整ったところでの「がん告知」

気持ちに余裕があるせいか、「何これ、面白い…」と思うほどでしたw

 

整ったところで、次のステップ来たかな?!

 

そんな感じ。ではでは!

生涯ガンで、生き方考えないと。

 がんサバイバーで、働き方模索中のめろ(@tkhs_mero) です。

いきなり生き方変更を迫られることがあったので、ブログに書きながら進めよう!と思います。

よろしくお願いします!

 

いきなりの生涯「ガン」宣言!

2016/9に濾胞性リンパ腫というガンの告知を受けました。

このガンは「結構、再発しやすいガン」と聞いていたんです。

「今回、寛解(症状が治まるとか、目に見えるガンがなくなること)して、5年やり過ごせば、ひとまず完治だよね?」と思っていて。というか、確認してて。

7回の抗がん剤治療で治らず、再度の治療が必要になって、ここでセカンドオピニオンです。

 

事情が変わった。(髭男爵

セカンドオピニオンをしてくれた医師によると、このガンは「生涯、出たり治ったり(治療して)を繰り返す」と言うんです。き、聞いてないよ~とビックリ。

 

治すためにやってきたのに、治らないって!あれ?

 

治すための行動は、短期決戦です。

治療スケジュールの間は、できるだけ治療に専念できるようにとか、家族や会社と調整したり、「よし、あと○回!」と、カレンダーを見て過ごすような感じ。

 

でも、一生涯だとちょっと付き合い方変わるよね??

恋人と結婚相手みたいな感じ?

 

仕事どうしよう…

すごく当たり前にそう思っているわけです。

治療や再発しないように過ごしながら、仕事をしている人が沢山いますよね。

うちは、夫婦で働いています。わたしも家計の一端を担っている。(少ないけど!)

なので、ある程度、お金を稼がないわけにはいかないのです。

 

でもさ…、やっぱ通勤てストレスじゃない?

昼寝できないじゃん…

ガンだからってわけじゃなくて、ただの怠け者でもある。

仕事が嫌いなわけじゃなくて、しんどい部分はカットしたい!

 

実は今、在宅で仕事しています

鬱もやったことがあります。

発症したのは、2007年くらい。

調子の良い時期もあったけれど、きっかけがあって、2015年くらいから通勤が厳しく。

小さな会社だったので、のらりくらりと在宅で仕事させてもらってます。

 

じゃ、いいじゃん!今、在宅ならいいじゃん!と思うかもしれない。

会社に所属している限り、いつ、事情が変わった(髭男爵が来るかもしれない。

「会社が大きくなって就業規則が厳しくなりました。」

「在宅だから、お給料下げるね。」になるかもしれない。

わたしの首の皮は会社の意思にゆだねられている…

マジでイヤ。

そして、それはあまり遠くない未来な気がしている。

 

5年後10年後の働き方を模索(1年後かも)

そんなわけで、会社に依存しない。もしくはしすぎない働き方、お金の稼ぎ方を考えよう!と思います。

 

勉強したこと、ガンのこと、愚痴、アフィリエイト(おや?)…

自分の時間を自由に使いながら、お金を稼げる。

そんな良い方向に行けるように!

 

ゴールデンウィーク明けは会社に行きたくない

いつまでもゴールデンウイークでいたいよう。

もっと休みたい…。

ゴールデンウイーク明けは、会社に行きたくない人が急増するのだろうと思うので、「うつ病になったときに会社が何をしてくれるのか」について書いておきたいと思います。

 

こんな記事を見ました。

blog.imalive7799.com

うつ病になったときに、良い会社が何をしてくれるかについて、よく書かれています。

とても良い会社ですね。こんな担当者ならうれしい。

 

さて、10年以上前にわたしもうつ病で休職しました。(半年休職して結局退職しました)

うつ病でおかしくなっていくプロセスがよく分かる本がでてました。

ネットでも画像が沢山RTされていましたね。

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

汐街コナ あさ出版 2017-04-10
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うつ病発症から現在に至る経緯は別の機会にして、病気の時に会社がどんなことをしてくれるのかです。

 

当時、web関連のそこそこの大きさの会社に在職していました。

業界的にうつ病になる人は多いし、その会社でも過去にうつ病になる人がいたのでしょう。対応が早く的確でした。

休み始めてすぐに、総務部の担当者が休職や傷病手当の手配をしてくれました。

「傷病手当」は、病気や怪我などにより働けない期間、給料のだいたい2/3程を支給してくれる健康保険組合の制度です。(詳しくは加入している保険組合のサイトをご覧くださいね)

毎月書類を用意する必要がありますが、会社側が何をしたらよいか指示をくれたので助かりました。

 

うつ病になると、ほぼ頭が働きません。料理もできなくなりました。

制度について「自分で調べて準備をする」なんてことだったら、ほぼ不可能だったと思います。さっさと退職してしまって生活が困窮していたかもしれません。

 

「もう辞めたい」と思っていることを告げると、「在職6ヶ月を過ぎればボーナスの権利があるから、○月までは待った方が良い」などアドバイスをくれました。

毎月の産業医との面談も、仕事復帰を急かされることなく現状を報告するだけ。総務の方とも世間話をするだけ。途中で、上司や同僚と話すことも一度もありませんでした。本当に助かりました。

 おかげで、休職中から退職後の傷病手当が出る1年半は、病気以外特に困ることはありませんでした。

 

うつ病の怖いところは、病気の度合いによると思いますが、完治までとても長い時間がかかることだと思います。

一人暮らしや、家計を支える立場ならば、傷病手当の1年半を過ぎて、職場に復帰もしくは転職ができなければ、生活することが難しくなるなりますよね。

 

わたしは、不安感が収まらずに結局5年近く仕事を再開することができず、貯金を食いつぶしてしまいました。やむを得ず仕事を始め、派遣で仕事をする→調子を崩して辞めるを繰り返しました。現在は低空飛行で、仕事をすることができています。

 

知り合いでは、発症から何年も経っても仕事再開の目処が立たない人が何人かいます。理解を得られず離婚をしたり、一人では生活できないので、実家に戻って家族に面倒をみてもらうそうです。焦って転職して、転職先で再発している人もいます。

もちろん、休職し職場復帰できるケースもあるのでしょう。ただ、わたしの周りには復帰までに時間がかかる、もしくは目処が立たないケースが多いです。

 

 まとめると

  • 会社は会社の範疇でしか社員を守ってくれない(すごく当たり前)
  • 発症すると何年も働けなくなる可能性がある

 一度なるとかなり面倒な病気ですよ。

 

会社に知識がない怖さ

もっと怖かったのは、夫が上司によるパワハラうつ病になった時に、当時夫が所属していた会社が社員のメンタルヘルスについて、何も知識がなかったことです。

「夫が会社に行けなくて日々泣く」という異常事態を受けて、本当はおかしいのかもしれませんが、妻であるわたしが夫の会社の上司、人事部長と話をしました。

とても会社に通える精神状態ではなかったので、休職のお願いをしたところ「そんな人今までいなかった。」とても渋られました。そして「傷病手当」の存在を知らなかったのです。信じられないことに。

当時、契約社員だったため「3ヶ月以内に復帰できなければ契約打ち切り」とその場で通告されました。 御見舞の言葉もなく。その会社にとって派遣社員ごときは使い捨てなのでしょう。燃えてしまえ。

仮に3ヶ月でうつ病が良くなったとしても、その会社に戻したくないと思いました。

総務担当者の連絡先を聞き、傷病手当の手続きをこちらで勝手に進めました。

本当に驚きましたし、これでは病気になった人はただの泣き寝入りになります。(おそらく今までそうしてきたのでしょう)

 

様々な経験を受けて、今心得ているのは

  • 総務の人と仲良くする(仕事の範疇ですが、相談に乗ってくれるし便宜を図ってくれます)
  • 制度は上司が渋っても使える(健康保険組合は会社とは別の組織)

 

一番大事なこと

うつ病になって会社がしてくれることについて書いてきましたが、自分も家族も友人もうつ病を経験してわかった、もっとも大事なことがあります。

それは「会社のために働かない」ということです。

働くのはいつでも「自分のため」です。自分の体は会社と取り引きする資本です。

会社が成長するため、みんなのため…は一見良いことだけど、主軸が自分にないと必ずバランスを崩します。頑張りすぎるんです。

うつ病に限らず病気になった時に会社がしてくれるのは「会社ができる範囲だけ」です。一生面倒を見てくれるわけじゃないんです。

 

病気が良くなってきて「はっ」とそのことに気がついて、少しづつ線引をしながら仕事ができるようになりました。

今は「え〜他の人の仕事じゃん〜」と言いながら仕事しています。笑

多分、そのくらいで丁度いいんですよね。

忘れちゃだめだよ〜!

ではでは。

会社にしがみつかない生き方

ブログを始めた目的は、アタマの整理とアフィリエイト

通勤、出社をやめたいのです。

通勤て大変じゃないですか?

当たり前で、みんなやってることだけど、本当にやめたい。

 

わたしは契約社員です。実を言うと、今は在宅で仕事しています。

元々はメンタル不調で出社できなくなったのを機に、ズルズルと在宅にさせてもらいました。(家計の一端を担っているので、退職する選択肢がありません。なんとしても、ズルズルとしがみつく…と覚悟を決めて居座っています。笑)

 

所属している会社は、在宅勤務を推奨しているわけじゃありません。

わたし以外に、在宅勤務している人もいません。

外部で働く社員のために何か充実した設備があるわけでもありません。

たまたま、わたしの担当がとても小規模で、社内とはメールやチャット連絡で問題ない程度の作業メインの仕事でした。とてもラッキー。

今は、メンタル不調もたまにあるけれど、がん治療しながら仕事をしています。(がん治療についてはまた別の機会に)

 

体に負担をかけたくないことや、そもそも治療で免疫力が下がり季節によっては通勤がNGになるので、在宅で仕事をしてきました。

体調による必然はあるけれど、本当は、「通勤」や「1日同じ場所にいなければならない」とか拘束されることが嫌だ…とても息苦しく感じるのです。

 

本当の理由は、治療とか関係ないんです。

今は、会社に行かない理由がある、ラッキーな状態とも言えます。

でも、会社は「face to faceが基本」と考えています。そばにいれば、すぐ話して終わるよねと。(実際は、わたし以外の全員が会社にいても大混乱です。)

 

わたしの母に言わせると「通勤」も「1日会社にいることも」「残業」も「みんなやっていることなんだから、頑張りなさい」になります。

頑張った結果がメンタル不調です。(これも別の機会に)

 

さて、「今は在宅で仕事できてるのだからいいじゃない」と思わなくもないです。

ずっとこのまま仕事があるのならば問題ないです。ずっと給料が下がらずにいられるのならば、あまり問題ありません。やりがいの問題くらい。

 

問題は、

  1. この仕事がずっとあるとは言えない
  2. ずっと自分が必要とされるとは言えない

わたしが努めているのはベンチャー企業です。廃業する可能性もありますし、それよりもわたしが担当している事業自体が縮小や無くなれば、会社から必要とされなくなり、遠回しに退職を促されたり、悪い条件でしか契約することができなくなるかもしれない。そうなった時に「仕方がない…」としがみついているのは嫌だと思いました。

 

1つの会社に自分の生活を預けるのは怖いです。

そして、それゆえに自由がなくなることも怖いです。

仕事に興味が湧き、いきいきと働ける場所ならば問題ないのだと思います。

でも、場合によってはこの働き方は「命の切り売り」になります。

「時間=命」を差し出してお金を得るのです。

ものすっごい安い給料で、イヤイヤ働かざるを得ないなんてことにもあります。

これはストレスでしかない。

病気治療中だろうとなんだろうと、これはなんとかしなくては!と、今できることを始めることにしました。

 

今、友人が海外にいます。転職したての会社が廃業することになったそうです。

彼女は今まで、仕事をしながら、日本企業のお手伝いをしていたのですぐにそちらへ好条件で転職することができたそうです。

でも、彼女は「その企業の海外進出がうまく行かなければ、自分の仕事はすぐなくなるだろう。それがコケても問題ないように、パラレルキャリアを形成するつもり。」と話していました。とてもたくましい。

 

わたしも彼女を見習って、複数の収入源を作りたい。

自分の時間や生活に責任を持ちたいと思うようになりました。 

いつ、生活できるくらい稼げるようになるのか、そもそもそんな風になれるのかわからないけれど、1歩踏み出さなくては、その未来は存在しえないのです。

1歩、はじめました。

ではでは。

 

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